どうやって、これが私だ!と感じるライフ、ワークスタイルを発見したのか?〜その5〜

   

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これまでの記事はコチラから。

その1
その2
その3
その4

 

2015年6月
私はフィリピンのカミギン島に来ました。
 

上記の写真は、このとき共に3ヶ月滞在し、
プロジェクトに参加してくれたリーダーたちです。
 

今でも
島に初めていったときの感覚を覚えています。

抜けるような青空、果てしなく広がる海を眺め、
バナナシェイクを飲みながら
「豊かだなぁ、豊かだなぁ。」

そんな言葉が自然と口から出てくるぐらい
満ち足りた感覚。

大好きな仲間と、
大自然の中で語り合えること。

なんて、幸せなんだ。

そう思っていました。

 

とはいえ、
バカンスで来たわけではく
プロジェクトのために来たので
さまざまなチャレンジや出来事がありました。

本当にたくさんのことがあったのですが、
その中で今回のストーリーに一番繋がっている
ものだけを紹介します。
 

その前にまず、
私の過去について紹介させてください。

 

今までの私は、他人がいる場で弱いところ、
崩れたところを見せたことはありませんでした。

いや、
正確に言うと怖くて見せられなかったのです。

みんなと私、を分けて
みんなをサポートする存在だとして距離を取っていました。

そして、
実際に悩んだり困った人がいたら
サポートしていたのです。

それで実際に喜ばれてもいました。

だから、
むしろそのスタンスを誇りに思っていたくらいでした。

 

しかし、
本当の本当は

内側には孤独、孤立の渇きを感じ、
気づいて欲しい、見て欲しい。

そんな本音を抱えていました。

(見る人が見たらバレていたと思いますが。)

 

でも、
その陰を表現することはできないまま
ずーっと来ていました。

言ってみれば秘密主義のようなもの。

自分の陰、恋愛

他人にイジられる可能性のあることに関しては
自分の内に秘め、表現しないようにしていました。

 

その背景にあったのは
間違いなく恐れです。

 

このことを知られてしまったら、
否定されるんじゃないか。

 

何か言われるんじゃないか。
何かされるんじゃないか。
 

そんな恐れがあったからこそ、
自分の中に聖域を作り、
誰も入れないようにしていたのだと思います。

 

そのすべては自分を守るために。
 

人との関わり方。
秘密主義。

ここに課題がありました。

 

そして
それは自分の過去に理由があったのです。
 

私は父の仕事の関係で
転勤が多く、別の県の小学校に合計3つ通いました。

また、
その中の2つ目の学校では
地域色が強かったということもあり、

完全にヨソモノ扱いされ、
最終的にはイジメが原因で
引っ越しを余儀なくされるほどでした。

また、
3つ目の学校でも最初はイジメ的なことがあり、
登校拒否にもなりましたが、

先生のお陰もあり、復活し、
その地域のまま中学校にあがることができました。

とはいえ、
中学校も大変だったのですが。。。

 

しかし、
この時の経験から、

・人とは必ず別れるもの
・自分とみんなは別
・自分は弱い存在
・人には上下がある

という風に感じる前提が
形成されたと思っています。

でも、
この前提は苦しみを産みますよね。

その苦しみから
抜け出すために

自分より弱い、自分が強くあれる友人たちの
環境に身を置くようになったり、

何か人に勝てるものということで
知識武装していったように思います。

そのため、
何とか人の優位に立ちたいという想いから
自分を高めるのではなく、
人を下げるというコミュニケーションの癖もできました。

ある情報を知らないだけで、
知らないの?という大げさな表現をしたり。
 

その傾向は中学生の後半からあり、
高校に通った後もありました。

高校自体は、
硬式テニスという夢中になれるスポーツに出会えたこともあり、
友人にも恵まれ、充実した日々を送っていたのですが、

人間関係においては残念な関わりをしていたことが
多かったと感じています。
 

私には人とフラットに関わるという
感覚が全然ありませんでした。

場の中で弱い自分だと思い萎縮すること。
場に対して力になれる自分だと思うこと。

卑屈と傲慢。
この2つの関わり方のシーソーが
自分のパターンにはありました。
 

また、
当時は非常に怒りっぽく、スポーツをしていたときも
すぐにキレて道具に当たったりしていました。
 

当時、テニススクールに通っていたのですが、
その約10年後? 25歳くらいのときに当時の仲間と再会したとき、
「石野、怒らないの?」と半分冗談のように言われたくらい、
本当に怒っていました。笑

 

そんな対人における傾向が
変化し始めたのは大学に入ってからでした。

私の過去はもう少し続きます。

<続く>

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